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鉄拳白書

3D格闘ゲーム『鉄拳』に関して想うことをダラダラと書き綴るblog

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個性的なスタイルが馬鹿にされる時代

 え~と、またプレイスタイルの話なんですが、例によってこのスタイルは間違ってるとか全員こういうスタイルでやるべきとか、そういうことではないのでくれぐれも誤解のなきよう。


 先日(といってももうずいぶん前なんですが)TEKKENBBSをウロウロしてたら、議論板のとあるスレにてこんなやり取りを見つけました。


916 名前: 名無しさん@テケナー 投稿日: 2009/07/08(水) 00:48:45 ID:KiQkre7+ []
投げのないキングを考えてくれ
ぼっ立ちガードで隙見て反撃入れりゃまず楽勝だろうな
投げがあるんだから戦略で使えよ
投げは浮かし技と大して変わらんし しゃがまれれば浮かしが入る程隙が出る

917名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 01:57:39 ID:t9lTh17M []
投げ使うくらいなら下段打つわ!どうせ投げとか上には中々通用しないですし

常連が下段と投げ無しでやってる方いるけど、かなり強いよ!

立ちガード安定なんだが勝てない…立ち回りが上手すぎる

918名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 01:59:36 ID:6DP0Y83E []
生ロー当てたらずっと立ってればいいじゃんよ
投げと下段無しならガー不だけすかせば勝てるじゃんよ

919名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 02:03:22 ID:M1rfH5M+ []
>>918
単に917が下段が見えてないだけの初心者か
反論したいだけのつくりでしょ
わざわざアドバイスあげるまでもない気がする

920名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 03:10:32 ID:clRgB12w []
下段なしwwww
ばかすぎるwwwww

921名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 03:42:52 ID:t9lTh17M []
917ですけどホントなんですって!自分が下手なのもあるかもですが、上手すぎなんです。確かに生ロー決めて下がれば勝てますが、真っ直ぐぶっかって勝ちたいんです!

ちなみに自分魔拳~羅刹もちで、相手が夜叉です!

922名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 03:45:29 ID:t9lTh17M []
ちなみにトドメも下段こなくて、ゼロスラ固めや、横スカ、ディレイなどにやられます。

けど、勝っても負けても楽しいです!

923名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 04:41:41 ID:RmbMQ+Co []
>>922ホントに羅段持ってんの?暴れ過ぎで負けてんじゃないの?
もし、相手が今から下段と投げ無しって宣言してきたら、俺ですら鉄拳王に100%勝てる
まぁ~~察するに宣言はされてなく、いつ来るか分からない下段を意識させられてるんだろうけど

924名無しさん@テケナー2009/07/08(水) 05:29:09 ID:l0xTiZZQ []
>>922
聞きたいんだが、ほんとに生ロー一発も使ってこないのか?
本当にそうなら君その人にナメられてるんだよ
そいつと他の赤段のやつらの戦い見たことあるか?
それでもそいつが投げと下段封印して勝ってるんなら
ホントに馬鹿としか言いようが無い
君より段位の低い俺でも勝てる(余裕で)



 投げや下段を使わないプレイスタイルの人がまだいるんだなぁと嬉しい気持ちになると同時に、それに対する他の人の蔑みっぷりにちょっと寂しくもなってしまいます。

 ちなみに私のスタイルは>>917が言ってるようなのとかなり近くて、基本的に投げと下段は無しでやってます。ただ下段に関しては連携技の2段目以降に下段を含んでいる技とか、構えに移行する下段技とかはたまに使うことも。頻度は数えたことありませんが、感覚としては1ラウンド中に多くても1~2回ですかね。1試合中1回も使わないってこともザラで、投げに至ってはここしばらく使った記憶がありません。
 ちなみにここまでやってるのはメインキャラのみね。他にも意識してることはありますが、今回は割愛。

 こういうことを言うと>>918みたいに「ずっと立ちガードしてるだけで勝てるじゃん」と思っちゃう人もいるかもしませんが、まぁそれはサッカーで「ゴール前を11人で守れば勝てるじゃん」と言うのと同じで、なかなかそう単純なものでもありません。やってみたことのある人はわかると思いますが、投げや下段がなくても意外と何とかなるもんです。
 もし仮に普段から投げ・下段を使わずに鉄拳王まで上り詰めてる人がいたとしたら(私では無理ですが)、たとえ事前に投げ・下段無しを宣言していても、そんじょそこらの人には負けないはず。これは断言してもいい。

 実際私も長いことこのスタイルでやってますが、少なくとも「タイムオーバーまで相手がずっと立ちガードしっぱなしで負けた」なんて経験は記憶にないですね。対戦中にこちらのスタイルを察した相手が立ちガードしたまましばらく固まっちゃうことはたまにありますが、こちらとしてはむしろそこからがウデの見せどころで、そうなった相手をいかに動かすかを考えるのが楽しいんですよ。むしろ立ちガード待ち大歓迎って感じ(笑


 >>917の言っている人が実際どういうスタイルなのかはよくわかりませんが(少なくとも私のことではない(笑))、こういった”○○を使わない”スタイルのプレイヤーってのは少ないながらも存在してる、・・・と思います。少なくとも昔はなにかしら縛りを入れているプレイヤーほうが多かったようにも思います(地域にもよるでしょうが)。投げないキングとか下段打たないポールとか寝ないレイとか・・・。
 他のプレイヤーが多用するであろう技をちょっと制限するだけで、全然別のキャラのような印象を受けてしまうのですから、格ゲーってのはホント面白いものです。

 またちょっと懐古主義的なことになってしまうかもしれませんが、以前はそういった縛りを入れているプレイヤーに対して尊敬こそすれ馬鹿にするようなことはありませんでした。私自身も当時の上手いプレイヤーさんの対戦を見て、「自分もああなりたい」という思いから今のスタイルに行きついたようなもんだし。
 別に私のことを尊敬しろとは言いませんが(笑)、少なくともこういったプレイヤーを馬鹿にする意味がわかりません。

 他のゲームに目を転ずれば、ニコニコ等の動画投稿サイトでは様々なゲームの「縛りプレイ」動画がUPされていますし、有名どころだと「バイオハザード」のようなゲームで、ハンドガン縛りやナイフ縛りでプレイした経験は誰でもあるかと思います。
 格ゲーと同じく対戦要素のあるFPSのようなゲームでも縛りプレイはあるみたいだから(詳しくは知らんのですが)、勝負事であるかどうかはあまり関係なさそうですし。

 なぜ格ゲーでは「縛りプレイ」が非難されるのでしょう?
 格ゲーだけは常にセオリー通りに最短距離で勝利を目指さなくてはならないのでしょうか。 


 プレイスタイルというのは言ってみればプレイヤーの個性。当然ながら投げや下段を使わない人が偉いとか、そういうことを言いたいのではありません。
 逆に特定の技にこだわるのだって立派なプレイスタイルです。私が以前対戦したキング使いは異常なまでに投げにこだわっていて、あらゆる状況から様々な投げを仕掛けてきましたが、彼との対戦はすごく面白くて印象に残るものでした。多分カードの類がなくても彼との対戦は一瞬で判別がつくくらい個性的なスタイルでしたね。

 もちろん特定の技を意識しなくても、多かれ少なかれそれぞれのプレイヤーの個性は出るものだとは思うし、無駄を排して最短距離で勝利を狙うのもそれはそれで個性の一つだとは思います。しかしやりもしないで、そして恐らく対戦すらしないで他人のスタイルをハナから「ありえない」と否定するのは、視野を狭めるだけのように思うんですよ。

 なんでもそうだと思うけど、やってみたら面白いかもしれないじゃない。それでつまんなかったら別のスタイルを模索するなり、普通に対戦するなりすればいいわけだし。
 別にプレイヤー全員が個性的なスタイルを目指せというわけではないですが、せめてお互いのスタイルを認め合い、尊敬し合う対戦環境であってほしいと私は思います。


 そのうち、「強キャラ使わないなんてありえない」「クマとか使うなんて馬鹿すぎるw」みたいな寂しいことを本気で言い出す人が出てきたら嫌だなぁ。

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対戦マナーがあってはいけないのか

家庭用で最新作がほぼラグのないネット対戦可能という羨ましすぎる環境のストIVですが、対戦マナー・エチケットの議論がなされていることもあるようで。

「当て投げするな」「ケンばっか使うな」 ストリートファイター4のエチケットを紹介(痛いニュース)

書き込みを見る限り対戦マナーの存在に関しては反発、ないし否定的な人が多そうですね。
やはりこういったマナーにこだわる人は若い頃ストIIやってた世代(30歳前後?)が多いのでしょうか。
そういえばこないだのスマステでも草なぎ剛が「ハメ技は云々」みたいな事言ってましたね。
草なぎ剛がハマッた「レトロゲーム」激アツ発言集(はてなでテレビの土踏まず)


鉄拳界隈でも昔(鉄拳2~3)はこの手の議論がよくなされていたのですが(バックダッシュNGとか)、最近はめっきりなくなりました。今でも話題になるのはせいぜい死体蹴りに関してくらいでしょうか。
5DRのネット対戦ではラグの関係で投げを連発するのはNGみたいな話をちらっと目にすることもありますが、基本的にはみんななんでもアリでやっているようですね。私はやったことないので詳しいことはわかりませんが

・対戦マナーの存在理由
私はストII世代ど真ん中の人間なので、この手の「対戦マナー」に関してはあっても構わないというか、むしろあって然るべきとも思うんですが、それに対して「勝手にルール作るな」みたいな感じで反発したくなる気持ちもわからんでもない。

ただこの手の”○○禁止”のルールやマナーってのは、よく言われるような「勝てないやつの言い訳」ではなくて(そういう面も全くないとは言えないけど)、本来は偏ったバランスのゲームに対して、「こうしたほうが楽しいんじゃね?」というポジティブな発想から生まれたものが多いはずです。少なくとも鉄拳の場合はそうでした。

それが格ゲーシリーズの進化に伴ってゲームバランスも改善されてきたため、ユーザーがわざわざルールを後付けする必要が少なくなってきたので、今ではほとんどこのの手の話は無くなってきたように思います。

でも不特定多数の人間が集まるわけだから、そこにある程度のマナーや暗黙のルールができるのは当然だと私は思うのですよ。ゲームにしろスポーツにしろ「ルールさえ守っていれば何をしても良い」世界のほうがむしろ珍しいわけで。ネットの掲示板やブログにしたって「なんでも書くことができる」けど、それは決して「何を書いても良い」ことではないしね。

どんな行為がマナー違反になるかという各論については人によって、または時と場合によっても違うでしょうが、「メーカーの用意したルールが絶対でその他はすべてナンセンス」なんてスタンスは思考停止に他ならないんじゃないですかね? 格ゲーのシステムってまだそこまで完成度高くないと思いますよ。

・マナーの存在はプレイヤーを排斥するのか
よく「マナーを強要するとプレイヤー(特に初心者)が減って衰退する」なんてことが言われますが、はたして本当にそうでしょうか。

たとえば鉄拳4なんかは瓦割り(平八)や真羅刹(仁)、リアクロスパンチ(リー)のような今からみれば明らかに強すぎる壊れ技が多くありました。でもプレイヤーのスタイルはいわゆる”なんでもアリ”が主流で、事実上の即死コンボである周回コンボまで「できることをやって何が悪い」なんてことを平気で言いだす人も多かったんですが、それによって自由に初心者が参入出来たかといえば当然そうはならなかったわけで。それどころか一部の壊れ技を振り回して安易に勝ちに行く人が続出し、結果として著しく衰退してしまった鉄拳シリーズの黒歴史。
あの頃の超氷河期を耐え忍んだ古参プレイヤーも少なくないはず。

鉄拳4は確かにバランスがおかしかったゲームではあるけど、あのときもう少しプレイヤー(私を含め)の間に「もっと面白くするためにルールを整備しよう」なんて動きがあれば、対戦環境が多少なりとも改善したんじゃないかなと今でも思います。
少なくとも盛り上がらないのをメーカーのせいだけにするよりは建設的ではないかと。

もちろん「あれもダメこれもダメ、気に入らないならやるな」てな感じで過剰に制限したり排他的になったりするのも問題で、実際それが元でトラブルになってしまったとか、そこまでいかなくとも人間関係がギスギスして変な派閥ができてしまったりする例もなくはない。
でもこの手のトラブルはマナーの有無にかかわらずどうしても起こってしまうものだし、予防線を張る意味でも「こういうマナーもある」というのを周知させるのは別に悪いことではないと思うのですよ。

例えば私の場合は以前書いたとおり”死体蹴り”行為に関して否定的なスタンスで、露骨に死体蹴りしてくるような相手とはわざわざ自分から対戦しようとは思わないんですが、もし相手が特にこだわりがあるわけでなく何も知らないまま死体蹴りしてるのであったらと考えると、ある意味ちょっともったいないことでもあるわけです。

・マナーの存在くらい認めては?
”当て投げ”にしろ”死体蹴り”にしろ、気にする人もいれば当然気にしない人もいるわけですから、全国一律にルールを策定する必要はないというかそんなことは不可能なんですが、せめてそういった行為を嫌う人がいることくらい認めてもいいのではないでしょうか。

この手の話っていつも「○○は不快になるからやめろ」vs「勝手に決めるな。自由にやらせろ」みたいな構図になるんですが、こんなことを繰り返していても話がまとまるわけがない。
そもそも気に入らない行為に対して他人から「そんなの気にするな」と言われたところで収まるようなものじゃないですよ。

私の目からすると「いつでもどこでも誰とでも自由にやらせろ」ってのは、悪い意味でちょっと原理主義的に見えてしまいますね。(もちろんこれは過剰にマナーを強要する人にも言えることですが)
プレイヤーにはいろんな考え・いろんな楽しみ方・いろんな対戦スタイルの人がいるわけだから、頭ごなしに相手を否定したところで何も始まらない。

メーカーから与えら得られたルールのみを後生大事にするのも結構ですが、それで全国どこでも画一的な対戦になってしまうよりは、ユーザー側でルールやマナーを継ぎ足していくことにより個性や特色が出るほうが私は面白いと思うんですけどね。


ある程度マナーやローカルルールの存在を認めてもらった上で、「これは不快になるからダメだ」「いやこれは譲れない」「これはこうしたほうが面白い」てな感じで建設的な議論をして、「気にする人はこちらで気にしない人はあちら」みたいに共存できれば理想なんだけど、なかなか難しいよなぁ。

でもまぁ正直な話、相手のことなどお構いなしでなんでもアリでやったほうが、楽っちゃあ楽なんですよね・・・。

勝負に美学は必要か

先日行われた北京オリンピック。
なんだかんだ言われながら、私も毎日のようにTVで観戦・興奮してました。
特に日本のお家芸・柔道は注目度の高い種目なのですが、ここ最近は柔道の”スポーツ化”に対し色々と物議をかもし出すことも多いですね。

「一本」か「勝利」か。 日本柔道の未来はどっちだ?(R25.jp)

要するに常に”一本”を狙う日本古来の柔道と、ポイントを取って時間切れ優勢勝ちを狙うヨーロッパスタイルの”JUDO”、どっちがええねん?という話。
この話でよく比較されるのが今回のオリンピックで金メダルを取った女子63kg級の谷本歩実選手と男子100kg超級の石井彗選手。両者とも金メダルという結果を残した選手なんですが、その考えや柔道スタイルは対照的で、谷本選手は頑なに”一本”を狙う柔道を貫き通したのに対し、石井選手はあくまで勝ちにこだわって相手の動きを封じてポイント勝ちを狙う”JUDO”スタイル。

[一本勝負の女] 谷本歩実 JUDOではなく柔道で。
[異色ヒーローの誕生] 石井慧 結果がすべての男。(NumberWeb)

人によって好みや考え方に違いはあるだろうし、どちらのスタイルが正しいかどうかなんて決められるわけがない。私自身柔道の経験は全くないので、技術的なこともわかりません。
その上で個人的な好みを言わしてもらえば、やっぱり日本代表である以上”一本”を狙う日本の柔道の素晴らしさを世界に知らしめてほしかったし、見栄えという点からいってもシドニー五輪金メダルの井上康生選手のように豪快な一本勝ちを見たかったですね。

もちろん石井選手にしても別に一本勝ちを全く狙ってないわけではないとは思います(準決勝まではオール一本勝ち)。決勝の相手が自分よりもはるかに大柄な選手だったことも大きかったかもしれない。また周囲からのプレッシャーも相当なものだったのでしょう。
谷本選手にしてもあれだけ綺麗に一本勝ちできたのは、相手がしっかり組んで技をかけてくる日本スタイルの選手だからこそであり、他のヨーロッパ選手のようなタックル中心のレスリングスタイルの相手ではなかなかそう上手いこといかなかったかもしれない。

それでもやはり自分としては「勝ち方より勝利が大事。勝った人間が強い」という選手よりは、「これから柔道をする子供たちにも、一本をとる柔道をしてもらいたい」という選手のほうが共感できるし応援したいですね。
こう言ってはなんですが、谷本選手のような試合を見て柔道を志す人はいても、石井選手の試合を見て柔道を始める人ってまずいないのではないでしょうか。
石井選手を批判するつもりは毛頭ないけど、今後もし”JUDO”スタイルの選手が日本でも増えてしまうと、”YAWARA!"を読んで育ってきた人間としてはちょっと寂しいものを感じます。石井選手の試合を滋悟郎じーさんが見てたらなんと言うだろう(笑

この手の話は他のスポーツ、特に格闘技の世界では珍しくないですね。
大相撲では横綱・大関陣が安易に立ち会いの変化で勝とうものなら間違いなく非難されるし、K-1のような格闘技イベントでKOを狙わずにポイント・判定狙いの試合運びを面白いと思える人はそう多くないでしょう。某日本人ファイターとかね(笑

勝負事にこういった”美学”を求めるのを否定する人も当然いるだろうし、場合によっては「なりふり構わず、どうしてもこの1勝が欲しい」ということもあるかもしれないけど、なるべく内容の伴う勝利を目指してほしい、また自分もそうありたいと願うのは私だけでない・・・と思いたいですね。


こういう感覚は格ゲーにも共通するものがあるように思えます。鉄拳でも昔は「○○はチキン」だとか「○○ばっかりやるのはつまらない」みたいなことがよく言われていて、実際それが元でトラブルになってしまうことも少なくなかったのですが、最近は良くも悪くもそういう話もほとんど聞かれなくなって(せいぜい死体蹴りくらい)、「勝ちにこだわるのは当たり前」「負けるやつが悪い」みたいなことが公然と言われるようになりました。
別にそれが悪いとは言いませんが、個人的には”勝ち”よりも”勝ち方”にこだわる人が減ってしまったのは、やはりちょっと寂しいような気もしますね。

鉄拳に限らず、他の格ゲープレイヤーさんは今回の柔道を見てどう思ったんだろう? やっぱり石井選手のスタイルを許容できる人は多いんだろうか。
もし柔道の世界にもTEKKENNBBSのようなところがあって、「タックルばかりでつまらん」とか「まともに組み合わずに指導ポイントだけで負けた」なんて愚痴を書き込んだら、「対応できないお前が悪い」「どんなスタイルだろうが自由だろ」「イヤならやめろ」みたいなレスが返ってくるんですかね(笑

死体蹴りの是非 (3)

前回前々回に続いて死体蹴り。
同じ話題が続いてしまってすみませぬ。こういうのは一度書き始めるとやめられない止まらない。
そういえば先週のファミ通連載漫画「たかまれ!タカマル」で百刈さんが執拗に死体蹴り(しかもモデルになってるゲームはどう見ても鉄拳)してましたね。そりゃ鬼島くんも怒るよ(笑  (■今週のたかまれ!タカマル (日々是好日 天からカジメ!))

・死体蹴りの現状
最近のプレイヤーさんは「相手の事なんか知ったことか。自由にやらせろ」みたいな考えの人が多くて、死体蹴り擁護の意見もネット等でよく目にすることが多いから、さぞ対戦の現場でも死体蹴りが横行してるかと思いきや、意外と少ないですよね。
もちろんKO後に全く動かない人ばかりというわけではなくて、1~2発余分に当てる人もいるにはいるんですが、鬼下駄のような踏み付け系の下段や挑発・気合溜めといった露骨な行為をする人ってかなり少ないように思えます。考えてみれば私もここ最近死体蹴りされてイラッとした経験ってほとんどないんですよね。

ウチの地元だけなのかなと思って改めてネット上にUPされている対戦動画を見ても、やはり露骨な死体蹴りをしてる人ってあんまりいない。
そりゃもちろん中には毎回のように踏みつけたり気合溜めしてる人もいるにはいるし、キャベツの地方スレを見ても「アイツはいつも死体蹴りするからムカツク」みたいな書き込みもたまに見受けられますが、むしろ死体蹴りする人が少なくて逆に目立ってるといった感じですかね。もちろん地域差もあるだろうけど。

いやなんというか、ここまで偉そうに死体蹴りに関して長文書いといてなんですが、もうすでにプレイヤーの中で「死体蹴りをしない」という認識は結構共有されてるようにも思えます。
これって誇っていいことだと思うんですよ。
基本的には「何でもアリ」とか「勝利優先」といった考えが根底にありながら、勝負と直接関係ないところではきちんと線引きして自制するところは自制する。誰に言われるまでもなく他人の嫌がることはしない。民度高いぞ!鉄拳プレイヤー!(笑
当たり前と言えば当たり前かもしれませんが。

・ナムコはどう考えているのか
死体蹴りに関してナムコ鉄拳開発スタッフがどう考えているかというのも気になるところ。
スタッフも色々情報収集しているだろうから、死体蹴りの議論やトラブルについて全く知らないとはちょっと考えられない。
インタビュー記事とかで死体蹴りに言及したものがない(少なくとも私は見た記憶がない)ので、こっから先は私の根拠のない予想というか妄想。

よく「システムとして死体蹴りができる以上、ナムコは死体蹴りを許可している」という意見を目にするんだけど、私はそれはちょっと違うと思うんですよ。
確かに鉄拳5以降、ネット等で度々死体蹴りについて議論があったにもかかわらず鉄拳6でも死体蹴りは残されました。対応策としていきなり動けなくするのは無理にしても、KO後は当たり判定を無くすとか、挑発や気合溜めコマンドのみを受け付けなくするなど、素人考えでも手段はいくらでもあったにもかかわらずです。

私が思うに開発スタッフはトラブルの原因になることを知りながら”あえて死体蹴りを残している”。
どういう事かというと、マナーの定義を(少なくとも死体蹴りに関しては)メーカーが決めるのではなく、プレイヤーの手に委ねているのではないかと。
死体蹴りをすることに何か特典を与えて推奨することもなければ、システム的に禁止することもない。肯定論者にも否定論者にもお墨付きは与えず、ただ”出来るだけ”。

こう考えるとナムコはマナーに関して結論を出すというよりはむしろ、絶えず議論を続けて欲しいというメッセージとして捉えることが出来るのではないでしょうか。(深読みしすぎ?)
「あれはダメ」「これはOK」といちいち上から決めるのではなくて、「あれはどうだろう?」「これはこうしたほうがいいんじゃないか?」というように1人1人がそれぞれの意見を持ち、他者の意見を聞いた上で全体の環境を整えていく。
なんだか小学校の学級運営みたいですが、善悪の判断を他人任せにせず自分達で決めていくというのは、トラブルも多いだろうけど非常に意義があるんじゃないかなと思うわけです。
ゲーセンの主役は開発者じゃなくてプレイヤーなんだからね。


私はこれまで書いてきたように死体蹴り行為に関してはかなり否定的な考えなんですが、だからといってゲーセンに「死体蹴り禁止」の張り紙をしようとか、ナムコに直接要望を送ろうとかいうのは(まぁそれはそれでひとつの手段だとは思うけど)なんだかちょっと違うような気もするんですよ。
こういうのは「出来るけどやらない」というのがあるからこそマナー意識が育つのであって、強制的に出来なくしたところで根本的な解決にならないように思うんですよね。
そもそもいちいち注意書きを書くというのもなんだか子供っぽいし。ネットの掲示板に「荒らし行為は禁止です」って書くようなもんじゃない?

10年後とかに相変わらす死体蹴りが残っていて、相変わらず議論が繰り返されているのが、ある意味理想かもしれませんね。

こんだけ偉そうにわかったような事書いておいて、実は死体蹴りシステムを見直すのがめんどくさかっただけとか言いませんよねナムコさん?(笑

死体蹴りの是非 (2)

前回は死体蹴りについてなるべく客観的に書いた・・・つもりなんですが、今回はリミッター解除して主観全開・全力全開。

まず私の死体蹴りに対する個人的なスタンスですが、当然の如く好きじゃないというか、はっきり言って嫌いです。
もちろんコンボを最後まで入れただけだとか崩れ落ちる前に最風やら崩拳やらを当てられた程度では特になんとも思わないのですが、踏みつけ系のダウン攻撃をやられたり挑発・気合溜め等をされるとどうしても「バカにされた」と感じてしまいます。もうこれはどうしようもない。気にするなというほうが無理。

さすがに面と向かって相手に文句言ったりしたことはないけど、不快に思ってしまうのは間違いないですね。たまたま1回だけというならまだしも、ラウンド取る毎に2度3度とやられるとたとえ対戦内容自体が充実していたとしても腹が立つと同時にがっかりします。少なくともその人とはもう自分から再戦しようと思わないですね。

もちろん自分から死体蹴りをすることはまずないと思います。例え相手に死体蹴りされたとしても。
死体蹴りなんかしても自分に益があるとはとても思えないですからね。誤解を避けるためにKO後は(コンボの途中などを除いて)基本的に一切動かないようにしています。
よく「相手にやられたら自分もやり返す」という人もいるみたいだけど、個人的にはそれもちょっとどうかと思うんですよね。なんか「バーカ」と言われて「バカって言う方がバカだバーカ」って言ってるのと同じだと思いません?(笑

また死体蹴り行為そのものはもちろん、死体蹴りを擁護する意見も私は賛同できないんですよ。

死体蹴り? ミルコやシウバ、ショーグンがするやつかな?

ネットで死体蹴りの議論になった時、度々引き合いに出される将軍さんのブログです。いわゆる死体蹴りを”肯定”してる人の意見ってのは大体この記事に集約されているかと思います。
端的に要約するなら「死体蹴りで怒ってる連中はただの被害妄想だ。ゲーム内のことなんだから何をしても自由だ。個人のモラルやマナー感を押し付けるな」と言ったところでしょうか。
随分昔に書かれたブログなので今更個別に反論するのはちと心苦しいのですが、”肯定意見”としては非常に上手くまとまっているので私なりに反論。

マナーは守るべきか?
確かに死体蹴り自体には実害はありません。過剰に気にする人もいれば全く気にならない人もいるでしょう。気にしない人からすれば赤の他人が勝手に作ったマナーに反感を抱いてしまうのはある種当然かもしれない。

でも自分以外の人間と接する場なら、どんな世界であろうとある程度のマナーやモラルが求められるのも当然。ある人にとってはなんでもないことでも、別の人にとっては物凄く失礼だと思われてしまうことなんて日常生活でもよくあること。
将軍さんのブログで「相手が不快に思うかどうかわからんじゃないか」というようなことが書かれていますが、そんなのわからなくて当たり前です。

もし相手が不快に思うことを知っていたならばやらないのが当然であり、マナー以前の問題です。相手が不快に思う”かもしれない”からこそやらない、それが「マナー」なんです。
例えば病人のお見舞いとして鉢植えの花を持っていったり(病が”根付く”)、結婚式の御祝儀袋に偶数枚のお札を入れたとしても(”割れる”から縁起が悪い)気にしない人だっているでしょう。でも気にする人や誤解する人もいるかもしれないから、わざわざ確認することなく出来うる範囲であらかじめ相手に配慮するのが「マナー」。誰が決めたんだとか、そういう次元の話ではありません。

もちろんマナーといってもピンキリだから、時には納得いかないマナーやルールを強いられることもあるかと思います。
場合によっては相手に不快な思いをさせたとしても、どうしても自分の意志を貫きたいことだってあるかもしれない。例えが適当かわかりませんが、毎年話題になる靖国参拝にしても、いくら隣国が「不快に思うからやめろ!」と言っても毎年8月15日にはたくさんの国会議員が(時には閣僚も)参拝します。これは別に隣国に嫌がらせをするためではなく、例え不快に思う人がいたとしても参拝したいという確固たる信念があるためです。(・・・多分)

死体蹴りをする人の中にそういった”確固たる信念”を持ってやってる人が果たしてどれくらいいるでしょうか?
相手に不快な思いをさせてまで死体蹴りをする理由とはなんなのか?

・挑発行為
死体蹴りをする理由としてよく挙げられるのがいわゆる”挑発目的”。わざと相手を怒らせて次の試合を有利にしたり、負けたとしても連コインさせるというもの。確かに相手をイライラさせれば判断力は多少なりとも鈍るかもしれない。

でもよく考えてみてくださいよ。相手を怒らせてまで勝利を手にして本当に満足できるんですかね? たとえ技術的に劣っていたとしても精神的に勝っていれば強いといえるんだろうか? 逆に死体蹴り無しで負けたとしたら「死体蹴りしてれば勝っていた」と言い訳でもするのでしょうか。

もちろんスポーツ等でも精神的な強さというのは往々にして求められます。観客のヤジや対戦相手の心理作戦にいちいち動揺していては勝てるものも勝てないかもしれない。
でも格ゲーの場合は、勝敗を決めるゲームであると同時に対戦相手と交流するコミュニケーションツールでもあるわけです。少なくとも私はそう考えてます。
いっしょにゲームをする人をわざわざ不快にさせて楽しいはずがない。キャッチボールしてる相手に口汚いヤジを飛ばしてるようなもんですよ。

だいたい挑発行為としてやっているなら、それによって非難されたりトラブルになったとしても甘んじて受けるべきでしょう。自分から挑発しておいて、いざ本当に相手が怒り出したら「そんなことで怒るなよ」なんて話が通るわけがない。じゃ何のために挑発したんですか(笑

・アンチアンチ死体蹴り
先の将軍さんのブログもそうですが、死体蹴りを肯定してる人の意見というのは、「死体蹴りをしたほうが面白い」というよりはどちらかというと「死体蹴りをするのも自由だろ」というものが多いかと思います。つまり積極的に死体蹴りを推奨しているのではなく、死体蹴りを否定する人に反対しているだけのように思うんですよ。
戦術的なスタイル論とは違って、死体蹴りが無くなったとしても取り立てて不利益があるとはとても思えないし。

非難されたり規制されそうになった時、自分の権利を守るために思わず頑なに反論したくなる気持ちもわからなくはないけど、もう少し冷静に相手のことを、引いては対戦環境全体のことを考えてみてはどうでしょう。
「死体蹴りごときで怒るなよ」という意見も一理あるかもしれないけど、私からすると「死体蹴りを否定されたくらいでムキになるなよ」と言いたいですね。

まぁ私はさしずめ”アンチアンチアンチ死体蹴り”と言えるのかもしれませんが(笑


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