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鉄拳白書

3D格闘ゲーム『鉄拳』に関して想うことをダラダラと書き綴るblog

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独自性

こないだネットを徘徊してたら興味深い意見を目にしました。

僕たちゲーマーはいつから自ら工夫することを忘れてしまったのだろうか最終防衛ライン2

これは凄くわかるなぁ。こんなこと言うと年寄りの懐古主義と思われるかもしれませんが確かに昔は”自分で攻略法を見つける”という楽しみがありました。
ところが最近ではネットの発達に伴い、簡単に攻略情報が手に入ってしまうために自分でゲームを攻略するという意義というか喜びのようなものが小さくなってしまったように思えます。

もちろんそれが嫌ならネットの情報に頼らなければいいのですが1人でプレイする家庭用ならともかく、不特定多数の人間とプレイする対戦ゲームの場合はそんなことは言ってられませんからね。
鉄拳においてもそれは例外ではなく、プレイする前にまず攻略本やネットの攻略サイト・掲示板等で情報を集める人がほとんどだと思います。

特にネットの情報は詳しい上に速報性もありますから、一度有益な攻略情報が発見されると一気に全国へ波及してしまうことも珍しくありませんね。無印鉄拳5の時の壁→ワンツーボディ→スネークエッジ(ブライアン)のような壁コンボ・起き攻めネタがネットを通じて一気に広まったのは記憶に新しいとこです。
もちろんネットの情報が悪いとは言いません。むしろ攻略法や対処法情報がネットを通じて共有されるというのは極めて公平なことであり、少なからず対戦環境の向上に貢献していると思います。

ただ、
やはりこういった他人による攻略情報に頼ってしまう、というより頼らざるを得ないという状況は一抹の寂しさも感じられます。
初代鉄拳や鉄拳2なんかの頃はコンボはおろか技表すら稼動初期には公開されませんでしたから、色々自分で試行錯誤したり他人のプレイを盗み見たりして「どんな技が有効なのか」とか「どんなコンボができるのか」なんてことをよく研究(と言うのは大袈裟かもしれませんが)したもんです。

ところが今では新作の稼動に合わせて全技表も公開され、1週間もすれば(ヘタするとロケテ段階から)多くの攻略情報がネットにUPされるのがあたりまえの時代になりました。

だからかどうかはわかりませんが、最近対戦しててよく思うことがあるのですよ。それは”オリジナリティーのあるプレイヤーが少なくなってきたのではないか”ということ。
やるべきことや目指す所が均一化されてしまってプレイヤーの個性が(全く無いとはいいませんが)見え難くなってしまってるような気がするのです。

対戦しててもダメージ源と言えばスカシや確反、後は出会い頭のカウンターと中下段(+投げ)の2択3択くらいで、これなら別にどのキャラ使ってても同じなんじゃないかなぁと思ってしまうこともしばしば。
キャラ固有の技にしてもだいたい使われる技は似たり寄ったりで、コンボや起き攻めも教科書通りのものばかり。まぁコンボのバリエーションに関してはキャラによっては仕方ないかなと思うところ(ワンとかジャックとか)もありますが。

だいたいこういうのは中程度の強さ(っても私よりは強い)の方に多いのですが、中には上級者の範疇に入るような方でも見受けられることがあります。よくネットにUPされている上級者同士の対戦ムービーを見ても、確かに「強いなぁ」とは思いますが「この攻め面白い」と思うことってあんまりないんですよね。私が理解できてないだけかもしれませんが。
そういうプレイヤーさんは良く言えば「キャラ性能に頼らないゼネラリスト」と言えるかもしれませんが、失礼を承知であえて悪く言うなら「芸の無い凡庸なプレイヤー」。

いや、もちろんそういうのが悪いと言ってるわけじゃないんですよ。効率を求めればみんな同じようなところに落ち着くのは当然だし、サブキャラなんかはメインよりもやりこんでないでしょうから独自性を追求するまでに至っていないということもままあると思います。そもそも実力が近い者同士の緊迫した対戦では奇抜な動きはなかなかできないことが多いかと思いますし。

でも私個人の好みとしてはやっぱり相手プレイヤーの個性というか”匂い”のようなものが感じられる対戦のほうが面白いと思うんですよ。
具体的に言うなら特定の技を当てるのが異様に上手かったり、あまり使われないようなマイナーな技を上手く連携させてたり、ダメージを多少落としても他人とは違う空中コンボを採用したり、スタイル論的なことでなにか拘りをもっていたり。
そういった戦い方は攻略本や攻略サイトなんかに載ってることは少ないですから必然的に自分で考えて試行錯誤することになりますが、こういうのって攻略情報が無かった時代と同じで凄く楽しいんですよね。

こういう独自の動きってのは何よりプレイヤーの個性に繋がると思うんですよ。
鉄拳5以前はカード使用によるRNの表示なんかも無かったわけですが、そんな中でもちょっと拳を交わせば強い弱いは別にして相手が誰かってことはわかることも多かったし、私がこっそり乱入した後に相手から「やっぱりオマエか!」みたいなことを言われるとちょっと嬉しくもありました。

しかし最近はカードを使用すればRNが表示されますし、そもそもキャラの数が多くて使用キャラがかぶる事も少なくなったために、乱入された時点で相手が誰だかわかってしまうことが多くなってしまいました。まず名前ありきで対戦しますからわざわざプレイでアピールする必要がなくなってしまったのも没個性化の原因かもしれません。

ひたすら効率を求めてストイックな対戦ばかりするのも1つの個性かもしれませんが、そればかりではやっぱりちょっと味気無い。
「ナンバーワンよりオンリーワン」なんて言葉は使い古されて少々陳腐に聞こえるかもしれないけど、せっかく自由度の高いゲームをしてるんだから、みんなと同じことをやるだけでなく独自性・独創性を打ち出した方がキャラに対する愛着も湧くし、なにより鉄拳が面白くなると思うんですよ。

こんなこと考えて鉄拳してるのは私だけではない、・・・と思いたいなぁ。


※追記
参照元であるlastlineさんのblogでも新たに言及されてるんで、そちらも是非。
ゲーマーはゲームをする機械 と言われないように(最終防衛ライン2)

テーマ:鉄拳5DR - ジャンル:ゲーム

この記事に対するコメント

ゲーセンもですか
大変興味深い話で、食い入るように読みました。
家庭用だけでなくアーケードでもネットの影響は大きいのですね。普段あまり行かないので分かりませんでした。
確かに対戦物はネットを見ないわけにはいかないですね。でもそうすると画一化したプレイヤーが量産され面白味にかけると。単純作業の繰り返しならば、さながら格ゲーをプレイする機械みたいな物でしょうか
僕の格ゲーの心の師匠はかなり個性的な戦いをする人でした。その人と対戦すると負けてもかなり楽しい。その人自身も面白い勝ち方をしないと納得できなかったようです。だから、独自性・独創性を求めよう!というのは共感しました。
【2007/03/08 23:46】 URL | lastline #WBUWgLgE [ 編集]


コメントどもです。

個性の無いありがちな対戦でも決してつまらなくは無いのですが、あまり印象には残らないんですよね。
とは言え偉そうなこと書いてる私も人に自慢できるほど個性的というわけではないのですが・・・。
【2007/03/09 23:43】 URL | ズイカク #WzzJX4NY [ 編集]


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